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2015年2月3日火曜日

福島原発被害東京訴訟の裁判傍聴

先週の水曜日に、いわきから避難しているママさんのご紹介で福島原発の東京訴訟の裁判傍聴に参加してきました。

なにげに初めて。

「段々傍聴者も減っているので、来てくれるだけでもありがたいです」
と言われ、何もできないけど応援の意味になるのであればと思い一緒に参加させていただいたのですが、結論からいうととても勉強になりました。

いままで難しそうなイメージで避けていた気持ちもあったのですが、訴訟の意義を考えると時間の許す限り傍聴に参加するべきだなぁと考えが改まりました。

福島避難者の方々の応援にもつながりますので、ご興味ある方はぜひ。
まだ色々と支援できることはありますよ。




<レポート内容(一部)>================================

2015128() 
■福島原発被害東京訴訟・第9回

20分程度。傍聴者は50人はいた。最近では珍しく多かったらしい。
冒頭、東電側の弁護団の姿勢を強く非難。
そこから主に9人目となるいわきから避難している方の意見陳述。子供の環境を考えいわきへ引っ越したが事故のせいで避難を余儀なくされた。当時介護施設でリハビリ中だった母は避難先でストレスのせいか暴力的になり、やむなく八王子の施設へ預けた。そこで転倒して背骨を骨折し元気がなくなった。昨年亡くなったが、本来であれば100歳くらいまで生きていたと思うので残念でならない。
その後、原告側弁護士より医師の論文やチェルノブイリ事故の事例を挙げて、政府・東電の管理する立場としての認識の甘さを指摘。

■報告会
弁護団より裁判の進捗報告

進捗状況
裁判は次のステップへ、具体的な被害を示し被害立証をおこなう。被害立証の尋問によって裁判官の心が動かされる可能性があるので、これからがメインイベント。原告側に被害立証の協力を依頼。

今回のポイント
低線量被曝のリスク、ヨウ素による甲状腺被曝のリスク、LSS好中球の現象→免疫力の低下、1950年代すでにアメリカの医師がレントゲン撮影での被曝のリスクを指摘している事例を引き合いに出した。
放射能の健康への被害は
・確率的・晩発的・非特異的である
 等

裁判の目的
・原告の救済
・裁判を通じて原発に関する施策を作らせる、という意義もある




今後の裁判予定
3/25() AM1000~
5/13() AM1000~
7/15() AM1000~

9/18() AM1000~

2014年9月10日水曜日

田舎暮らししたい方いらっしゃいませんか?

【田舎暮らししたい方いませんか?】
米沢の駅から車で20分程度の場所で物件の買主探している方がいらっしゃいます。
家と畑、あわせて300坪。不動産屋では200万円〜のようですが、家を引き継いで頂ける方がいるのであれば「値段が問題ではない」ので価格はご本人と相談可とのことです。
宅地にして売ってしまうより、そのまま引き継いで頂ける方がいれば嬉しい、、、とのことです。
家は何度か増築していて古いのですが、雰囲気あります。倉庫が二つあり、除雪機もついてます。
家の向かいには、これまた雰囲気バッチリな天神天満宮が構えているので、自然と向き合いながら慎ましく生活したい方にはまたとない好物件だと思います。
(やるべきことなかったら私は引越したいくらい)
米沢駅から車で15分程度。
この案件、不思議なご縁で(図られたのだろうが)売主さんとお会いしたら、石巻の渡波で被災されている方でした。
話を伺うとご両親は被災された娘さんへの心労でお父様がその年の7月に亡くなられ、あとを追うようにお母様も49日に急に亡くなられたそうです。たまに渡波から米沢に来て少しずつ片付けられていたそうですが、身内は離れているので実家は手放したいそうです。
何かご縁のある方に住んで頂くのが収まりがつきそうな雰囲気なので、ピンときたらご紹介下さい。











2013年8月4日日曜日

避難者の方とBBQ

昨日は千葉県浦安の公園で福島の避難者のご家族4組をお迎えしてBBQ大会でした。


先日の月島のもんじゃにも来ていた子が二人いて、顔を覚えていてくれたのが嬉しかったです。




朝10:00集合して昼にリハーサルで肉を焼いて、15:00くらいからいよいよ本番スタート。


だったのですが、10名の子供達はほとんどBBQに目もくれず水ヨーヨー、水鉄砲から始まり色々な出し物に夢中になっていました。


今回は参加したスタッフのお子さんが二人いて、頑張ってキッズスタッフとしてリーダーシップをとってくれていたのが印象的でした。



1人、元気が有り余っていて、段々凶暴化する五歳の男の子がいたのですが(本当に凄かったんです、ギアがドンドン上がっていく感じで)、後半つきっきりで相手をしてもみくちゃにされました。

肩車をしてるのにおならするし。



しかし、子供のエネルギーって凄いですね。
本当に底なしです。

ただ、捉えようによってはもしかしたら本来持つエネルギーを普段出し切れてないのかな、とも感じました。



避難のストレスは必ずあるでしょうから。


出しきるべきものはこういう時に全て出させる。
それが私達の役目だと思います。



多少のアクシデントはありつつも子供達には何事もなく、無事終わって何よりでした。



今回私は子供と遊んでいただけなのですが、運営側で色々と手を焼いて頂いかた方々は短期間の準備の中、すばらしい手腕を見せて頂いたなと感じています。


またやりたいです。



ありがとうございました。



【写真】

スイカ割


ほぼずっと繰り広げられていた水鉄砲
※右端の子供はお母さんと散歩中の関係ない子なのですが、楽しそうに見えて輪に入りたいのかずっとくっついてきましたw
個人的にはこの子がいい味だしてました。まだヨチヨチ歩きで言葉も喋れない感じで。それだけ楽しそうに見えたってことでしょう。



バルーンアート




ハイパーヨーヨーのトモヤさん
(BANDAIのインストラクターなどをしている方。凄い技術だった)


ヨーヨー釣り

第七回ふくしま避難者の集い in 早稲田〜盆踊り大会



7月28日、第7回目となる避難者の集いは特別企画として賑やかな盆踊り大会でした。



今回のゲストは
浪江町から福島市の本宮に避難されている石神第一仮設のみなさんによる
ふるさと浪江踊り隊」(←リンク、動画にとびます)




そして埼玉県加須市に避難している双葉町の婦人会有志がこられて、賑やかな盆踊り大会となりました。


避難後に新たに作られた望郷の歌「ふるさと浪江」や
白沢音頭、双葉音頭などが発表されました。






最後の相馬盆唱ではスタッフも含めて会場のほぼ全員で輪になって踊り、しばらく会場は余韻に浸るくらいの盛り上がりでした。





なお今回着ている浴衣は宮城県東松島市から避難されている呉服屋「松凛堂」さまから無償で貸して頂いたものです。
浴衣を持参して頂いたかたも10名ほどいたようです。


多くの方のご協力を頂いて創られた素敵な盆踊り大会でした。









さて、今回は踊りが盛り上がりすぎたためか、弁護士相談ブースに訪れる方は前回より少なかったのですが、それでも熱心に聞かれてる方もいました。


今回は、先日考案がまとめられて各自治体に提示されている、
田畑の賠償単価基準案から話しが始まりましたが、この案の通りでいくと
地域によってはほんとに失ったものに対する賠償としては厳しいと思う現実を感じました。




2013年7月19日金曜日

がんばっぺ〜佃・シニアサロン もんじゃ焼きー福島産野菜の是非



7月13日、第七回目の『がんばっぺ〜佃・シニアサロン』が中央区月島社会教育会館で開催されました。

前回レポートさせて頂いたように、こちらの企画は


「地域のシニアグループが巻き込みながら福島の方も一緒に活動しよう」
という地域密着型の下町人情あふれるユニークな企画です。



私の入塾している志塾の塾頭・日高さんは私の前回のレポートを見て
「素晴らしい取り組み。今の日本では絶滅してしまったもの」
という表現をされていました。
かつての日本にはあって今の日本にはないもの。
自助・共助の世界。




さて、私は前回に続いてこれで二回目の参加となりますが、
今回は人気定例行事のもんじゃ焼きがメインでした。

参加者が集合すると早速調理の準備に。



まず最初に毎回ソースを提供して下さっているブルドッグソースの本村さんの
実演指導。
それから皆で調理にとりかかります。


キャベツを刻んで、生地を作って、ホットプレートを準備して、、、

私が慣れない手つきでもんじゃを焼いていると、代表の皆川さんは月島の人間としては黙っていられない様子で「こうやるんだよ」ともんじゃ奉行のご指導を頂きました。

もんじゃがなくなってきたらオニギリを各自握って食べて、、

学校の調理授業と違って、作りながら食べながら進行していき
ちょっと行儀が悪い感じしたが、あっというまにお昼ご飯は終わってしまいました。



午後は談話室で無料バザーと地域の医療法人理事長による健康相談セミナーでした。


今回もあっというまの半日。
やはりシニアサロンの皆さんはエネルギッシュだなと実感しました。


そういえば前回いらしていた近所のおじいさんが今回もいらしていたのですが、前回より表情が明るくなっていて、少し周りとも会話を交わせていたのが印象的でした。
地域のコミュニティとしてもしっかり成果が出ていると私は思いました。





今回は福島の方が開始前に既にいらっしゃっており、その中でお一人、
早稲田の集いで熱く語っていた大熊町のおじさんがお見えになっていたので、少し話しを伺いました。


前回お話した時は、「賠償金は生活を再建するために、自己投資のために使わなきゃいけない。あちこち廻ってそう言ってやってるんだ」とおっしゃられ、大熊町で経営していた食堂を、いわきの小名浜で再開する準備中でした。

準備は順調にいっているようで、9月頃にはお店が再開できるようです。
再開したら是非食べに行きたい、と伝えました。
再来月どなたか一緒にいきませんか?





追記

「がんばっぺ」が終了したあと、皆川さんのお誘いで外部参加者一同でもんじゃ焼きに行きました。
色々それぞれの活動や思いなどを共有したのですが、皆川さんの色々な葛藤が印象的でした。
今回の企画も「福島の野菜を使います」という内容があって、避難者への配慮を考えると私も正直「大丈夫かな」という懸念があったのですが、「参加者に選択肢を残しつつもちょっとずつ一緒に前へ進みたい」という皆川さんの想いがこもっていた事を知り、んー言葉でうまく言い表せないのですが、学ばせていただきました。


単に不安や懸念を避けるだけじゃいけないですね。









追記2

依然と続く風評被害ですが、しっかり測定している福島県産はそれだけで安全度は一番高いのではと思います。
他の地域の測定状況はどの程度のものなのかが気になります。
チェルノブイリでも事故経過後の被曝状況は、警戒区域内に戻った住民より、区域外に指定された近隣区域のほうが被曝がひどかったそうです※。
(※参考「チェルノブイリ報告」岩波新書/広河隆一:著)
なぜなら、区域内の住民は危険を避け外部から安全な食物を取り寄せて生活していたのに対して、区域外の住民は「安全」と線引きされて油断して汚染されたその土地のものを食していたそうです。
漠然とした風評被害はもう終わらせるべきと思う一方で、長期的に注意を払う必要はあると思います。



先日初めて知ったのですが、神奈川県のスーパーでは福島産の野菜は普通に置いてあって、普通に売れているそうです。
一方で東京や埼玉のスーパーでは福島産はほとんどみかけないそうです。
私も横浜市民なのでそういわれると確かにそうだな、と初めて気づきました。
なぜなんでしょう。