2013年4月13日土曜日

いわき市民と双葉郡避難者の軋轢

一昨日突然いわきの叔父から電話がかかってきた。

あちらから電話がくることは滅多にないので何だろうと思ったら、GW来るなら4月末はいないからな、という連絡だったのですが、その前にもう一つ「忠告しとくけど、、、」と、いわき市内における相双地区からの避難者の様子についてでした。
叔父の住む湯元の一等地にバンバン住宅が建っている、高級車が売れディーラーが儲かっている等、賠償金を得た避難者のお金の使い方や、「被災者だと何でも許されると思っている」という内容でした。

これは叔父が直面したわけではなく、周囲から聴いた話のようなのですが、「お前はボランティア一生懸命やってるみたいだが、そういう人達もいることはわかってるのか?大丈夫か?」という心配をしてくれたみたいです。

この件に関してはもちろん私も随分前から耳にしていて、実際の避難者からも話を聞くこともあるので、まあ一部にはそういう人もいるという認識ではいます。
それにそういう方々は自分が携わっている活動の対象には恐らくもういないでしょう。
しかし、今更ながら叔父からその話が出てくるとは思ってもみなかったので、いわきでお世話になっている地元支援者に近況を伺ってみたところ、日に日にいわき市民と双葉郡避難者の軋轢が深まっているのは間違いないようです。
そのせいで一部の人達の悪口だけが目立ってしまうのだろうと。

私は仮設訪問などで支援させて頂いている方々よりも、寧ろこの賠償金という大金を持って節度ある行動が出来なくなってしまった方々のほうが問題が深い、もとい始末が悪いと感じました。
一被災者であるのはもちろんですし、とても大きな損失、被害を被ったのかもしれません。だから良識ある行動がとれないのかもしれない。
彼等は恐らく自ら行動を改めることは出来ないかもしれません。
出来るとすれば、考えを改める転機となる出来事が突然起こるか、今地道に避難生活を続けている方々が生活再建を果たしたことで自分だけ取り残された時ぐらいではないでしょうか。

二月の集いにいらした大熊町の方もお金を手にいれて働かなくなった若者に「賠償金は生活再建のために使わなくてはダメだ、と教え廻っている」という話をされていたが、1番やっかいな問題なのはやはりここではないかと思いました。

そしてこの一部の方々のせいで同じ町民が避難先で変な目で見られてしまうことが私は最も怖い。

賠償格差、それによる被災者間、県民間の軋轢。
結果的にそうなっただけなのかもしれませんが、尽く地域コミュニティが分断されていく状況を知ると、裏に悪意があるようにどうしても感じてしまいます。(こういうことは書きたくないのですが)

放射能、賠償問題、地域コミュニティ間の溝、、、形を変えながらまだまだ福島の被災は現在進行形です。

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