2012年9月29日土曜日

地に足がついていなければ意味がない

先日のつくば市での避難者の集い、「久しぶりの人に誰かしら会えるかも」という期待も少し持ちながら行ったところ、案の定いわきの安島さんがいらしていた。

お互い受付での留守番中に、久之浜やいわきのことを色々伺っているなかで、とある活動から離脱されたことを聞いた。

被災地支援の活動に参加して、あちこちで活動の頓挫や、暴走したという話しを聞いてきたが、結局の所、これらは「地に足がついていない」のが原因だ。

地元のことは地元の人がやる、というのを私は久之浜でとある方に教わり、心に留めている。
圏外の人間であれば毎日、毎週くるくらいでないと、地元の方のためになる活動はなかなか難しい。実際に生活していないと見えない人間関係や地域の事情等が様々ある。
そこが見えていないと結局支援を介して自己実現に走ってしまう。
非常に難しいところだといつも感じている。


私が昨年から志塾で学んできたことの中で、一人一人が意識して行動する以外に日本がよくなる道はないことを悟ったが、これも同じことだろう。

自分のことは自分で、地域のことは地域で。
これが根っこになければ長続きはしない。

最近読んでいる本で、維新の立役者(?)勝海舟の談話集「氷川清話」にこんなことが書いてある。
彼は維新において江戸城明け渡しを成功させるなど、当時大業に奔走した大偉人だが、封建制度がなくなり、武家も廃止になった中、旗本の人間が江戸城下で商売を始めるとこっそり訪ねて、すこし良い値で売り物を買ってあげて彼らのモチベーションをあげるようなことを個人的に行っていたらしい。
明治の政治家は国家国家と騒いでいるけれども、もっと自分のこととして捉えなければいけないというメッセージが勝の話しには込められている。

もちろん被災地の困っている方を支援したいというのは、とても素晴らしいことだが、「じゃ自分の足下はどうなの?地域の人間として役目を果たしているの?」
これを抜きに被災地支援は本当はできないことを常々思う。





山形(川西町)で南三陸の方々を支援


ローソン川西吉田店内にあるきらり産直市場にて南三陸の支援に還元されるストラップが販売されています。
お近くに方がもしいれば、一度手にとって頂きたいです。

このストラップの販売している団体 MSR smile project の代表の野崎さんは昨年の秋頃、被災地で緊急的な物資支援が少し落ち着いてきた状況のなか、南三陸で避難生活を続ける現地の方々の精神的な状況にとても危機感を覚え、ミシンプロジェクトというとある活動にて毎週南三陸を往復されていました。

何もすることがない状況を変えるために、南三陸のおばあちゃん方に対してミシンのワークショップを行い、小物を作ってもらい、それを都内等で販売する、というのが始まりです。

かわいいポストカードも販売しており、こちらは売り上げを南三陸のさんさカフェにて、被災者の方々へプレゼントするランチ券へと変わります。

かわいいグッズがいっぱいあるので見かけましたら是非。





2012年9月23日日曜日

浪江町避難者の集い〜元気つく場会

本日は、つくば市の筑波学院大学構内にて、元気つく場会主催による浪江町避難者の集いがあり、ふんばろう東日本として手伝いに参加させて頂きました。

浪江町避難者以外にも、南相馬、楢葉町、いわきなど様々な地域出身の方が参加され、中には東京に避難中の方も来ていたとか。

浪江町は県外避難者への支援が手厚く、避難している浪江町町民がしっかり固まって避難生活をされているのが特徴らしく、各避難先でもイベント等を企画すると人の集まりも良いらしいです。

馬場浪江町長、つくば市長、筑波学院大学学園長の挨拶のほか、最後は浪江の星と言われる国民謡界の至宝、原田直行さんによる公演があり、受付で留守番をしながら外で聴いていましたがかなりの盛況ぶりのようでした(写真を見せてもらったら盆踊りの曲で皆さん踊っていらしたようです)

途中の昼食は事前に配った食券を使って、学食にてわいわいと昼食。

皆さん避難生活でご苦労をされているので、こう言うのは不謹慎極まりないのですが、開会前に続々と集まり再開を喜び合う様を見ていると、同窓会のように見えてきます。
今日は懇意にしていた方々に一目会いたいと、体調がすぐれない(ずっと入院生活をしている)中、埼玉からわざわざいらした方もいて、お互いを懐かしむ姿が非常に多かったです。
まだまだ先が見えない中ですが、一同に会する機会を得ることで、地元の中で新しい機運が生まれればと密かに願うものです。

馬場町長は今日の挨拶で感極まり涙していたらしいですが、浪江の方曰く、比較的いつも泣いており、テレビ等で泣いているのを見ると、今日お話をした方などは「泣くな!!」と思っているらしいのですが(笑)、偽りのない涙であればとても良いものだと個人的には思います。
避難先で浪江町民の集まりなどがあれば極力顔を出すようにされているとのこと。


今日一番印象的だったのは、そんな馬場町長が帰られる際に、同じふんばろうのメンバーの方が町長に対して「お身体大事になさってください」と言葉をかけたことです。
町の一大事に奔走されている町長。地元の人々。
よい未来図が描けるようになることを切に願います。


2012年9月20日木曜日

わかちあいの会〜福島県内で遺族支援

日経ビジネスオンラインの記事からです。

身内や親しい間柄の友人の死を、自分でどう見つめるか。
誰かに聞いてもらうだけでも、そのきっかけが見つかるかもしれない、わかる気がする。
外に出して初めて整理できることだと思います。


http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120918/236928/?P=1

2012年9月12日水曜日

1年半経って


以下、お世話になっている「ふんばろう〜」代表の西條先生の1年半のまとめがでているのでご興味あればご覧下さい。


http://togetter.com/li/371981

2012年9月11日火曜日

1年半、、、

去年の今日は「震災からもう半年経った。早いような遅いような。瓦礫の撤去は一段落した所もちらほら。政府は相変わらずまだまごまごしてる、、、」

と思っていた記憶があるのだが、結局国としてはまだ舵を切れていない。
最終的には日本の政府が、日本の政治が、変われなければ、本当に東北が復興することは叶わないと思っている。
行政側の問題もあるし、国民側の意識の問題も大きい。

など考えつつ、9.11の記事を眺めていたらこんな記事が。
確かに「瓦礫」問題の陰ですっかり忘れさられていた「泥」、、、どうなるんだろこれ。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2401X_T00C12A9000000/

皆で平等にぶちまけるのが一番わかりやすい。

2012年9月10日月曜日

故郷への思い

先日、富岡町の避難者の方から残暑見舞いのお返事を頂きました。

そこにお兄さんの詩が載せてられているブログをご紹介頂いたので、是非ご覧になって下さい。

この詩を作られた方は猪苗代のほうへ落ち着き、新たな生活を前向きに送っていらっしゃるようですが、やはり詩には故郷への思いが切々とこめられています。

http://blogs.yahoo.co.jp/sumomo4410sumomo/29994828.html

2012年9月4日火曜日

米沢で起業セミナー

米沢で福島避難者の方対象に起業セミナーが開催されるという情報を戴きました。
福島県民以外の方(地元米沢市民)も参加可能なようです。

我こそはと思う方はご参加下さい。

米沢で支援活動に尽力されている結いの木の丸山さんの立ち上げた法人が企画されたようです。


http://kizuna.yamagata1.jp/modules/con04/index.php?content_id=152

2012年9月3日月曜日

このBloggerの使いかたがいまいちわかっていないのですが、他のブログを共有できることを知ったなので、ETHOS IN FUKUSHIMAさんのブログを紹介させて頂きます。

いわきの活動でお世話になっている三児のお母さんから紹介された福島のエートス。
直接関わりはもっていませんが、一度、いわきの末続でのミーディングを見学させていただき、思うところがありました。

人と土地はそう簡単には切り離せないもの。

個人的にはその思いがとても強く、じゃあどうしたらよいのか、がわからないのですが、
このエートスは「放射能とどうつきあっていくか」をチェルノブイリを経験しているベラルーシのロシャールさんという方を交えながら、対話しながら模索しようというコンセプトなので、その答えを導くことができるような気がしました。

現状こちらはわたしの活動ではありませんが、考え方の共有ということで、本ブログで都度紹介させて頂きます。


ETHOS IN FUKUSHIMA: 7/11 ロシャールさんと語る会 報告

ETHOS IN FUKUSHIMA: 7/11 ロシャールさんと語る会 報告: 7/11 末続集会所で、ジャック/ロシャールさんをお迎えして、「ロシャールさんと語る会」を行いました。 開始前、「末続ふるさとを守る会」さんが作成した、線量マップ、土壌放射線濃度マップの説明を聞くロシャールさんご一行さま。   北海道から、お菓子の差し入れ...